特定技能外国人を雇用する企業にとって、給与設定は非常に重要な実務ポイントです。制度上、日本人と同等以上の賃金水準が求められますが、実際には職種・地域・経験年数などによって相場は異なります。さらに、最低賃金との整合性、残業や控除のルールなども理解しておく必要があります。
この記事では、特定技能外国人の給与に関する基本的な考え方から、分野別の給与傾向、注意点、法的要件、そして実務で役立つ判断基準までを詳しく解説します。適正な給与水準を設定することで、トラブルを防ぎ、長期的な人材活用にもつながります。
特定技能制度と給与の基本ルール

給与は日本人と同等以上が原則
特定技能外国人を雇用する際、給与に関して最も基本的なルールは、日本人と同等以上の報酬水準を設定することです。これは特定技能制度の根幹にある原則であり、出入国在留管理庁や厚生労働省が繰り返し強調しています。
この「同等以上」とは、同じ業務内容・同じ職場環境・同じ地域で働く日本人と比較して不利にならないことを指します。単に基本給をそろえるだけでなく、手当・賞与・時間外手当などの処遇全体が比較対象となります。
判断基準としては、以下のような要素がチェックされます。
- 同職種・同労働時間の日本人スタッフと比較して差がないか
- 業務の内容・責任の程度が同等であるか
- 通勤手当、皆勤手当、住宅補助などの諸手当が均等に支給されているか
この原則を満たさない給与体系を設定した場合、在留資格の取得や更新時に不許可となるリスクがあります。また、本人とのトラブルや法的責任につながる可能性もあるため、雇用側は明確な規定と比較資料を用意しておくことが大切です。
法的に定められた最低賃金との関係
特定技能外国人の給与設定において、最低賃金を下回ることは絶対に認められません。これは「日本人と同等以上」という原則以前の問題であり、最低賃金法という法律で明確に定められた義務です。
最低賃金には、以下の2種類があります。
- 地域別最低賃金:都道府県ごとに定められている基準額
- 特定(産業別)最低賃金:特定の産業に適用される個別の基準額
給与を決定する際は、いずれか高い方の最低賃金が基準となります。例えば、電子部品製造業に該当する業務であれば、地域の最低賃金ではなく産業別最低賃金が適用される可能性があります。
さらに、最低賃金の対象は「控除後の実質支給額」ではなく、控除前の基本給・諸手当を含めた総額で判断されます。以下のような控除がある場合も、最低賃金を下回らないよう注意が必要です。
- 寮費や水道光熱費の控除
- 海外送金代行費用などの天引き
- 制服代、社内積立などの控除項目
最低賃金は毎年見直されており、令和以降も上昇傾向が続いています。厚生労働省や都道府県労働局の情報を定期的に確認し、最新の額に基づいて給与を調整する必要があります。
給与を決める際に考慮すべき主な要素
職種や業務内容による違い
特定技能外国人の給与は、単に「制度に沿って支払えばよい」というものではなく、実際の職務内容や業務の責任範囲によっても相場が変動します。例えば、同じ製造業であっても、単純作業と機械操作では求められるスキルや負荷が異なるため、給与水準も調整が必要です。
職種による主な違いの例
- 接客や対応スキルが必要な外食業では、対人業務の比重が給与に影響
- 介護職など身体的負担が大きい分野では、手当込みで高めに設定される傾向
- 建設分野では現場作業や危険度によって、職種ごとの差が生じやすい
こうした点を踏まえ、企業は自社で採用する職種に応じた適正な賃金規定の整備が求められます。
経験年数・技能実習からの移行状況
特定技能外国人の中には、技能実習を経て特定技能に移行した人材も多くいます。技能実習で日本での労働経験を積んでいる人材は、基本的な業務理解があるため、即戦力としての期待値が高く、初任給をやや高めに設定するケースもあります。
また、同じ職場で技能実習を終えた人材を再雇用する場合、既存の社内ルールや文化に慣れているという点で、教育・管理コストを抑えることができます。これらの点を考慮して、以下のような対応が行われることがあります。
- 技能実習2号修了者には手当を追加する
- 勤続年数を踏まえてスタート給与を引き上げる
- 面談や面接で業務レベルを確認し、等級別に設定する
給与を一律に決定するのではなく、経歴やスキルに応じた柔軟な判断が求められます。
地域差や産業別の給与水準
給与相場は、地域や産業ごとに大きく異なる傾向があります。これは最低賃金の地域差に加えて、業界全体の賃金構造や人材不足の程度によっても影響を受けます。
地域差の要因
- 大都市圏では生活費や物価の影響から賃金水準が高い
- 地方では住宅提供や福利厚生で補完する傾向がある
- 地域ごとの最低賃金や求人倍率の違いが賃金に反映される
産業別の特徴
- 製造業は比較的安定した水準で推移している
- 建設や介護は人手不足が深刻で、初任給が高めに設定されることが多い
- 外食や宿泊などは、時給ベースでの調整が一般的
地域・業界・職種の3軸で給与相場を把握し、妥当な金額を設定することが重要です。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」や自治体の労働市場データを参考にするのも有効な手段です。
分野別の給与相場と傾向

製造業・外食業など主要分野の給与目安
特定技能外国人が多く従事する主要分野には、製造業や外食業があります。これらの分野では、業務が標準化されており、給与も比較的安定した水準に落ち着いている傾向があります。
製造業における一般的な給与相場は以下の通りです。
- 月額:18万〜22万円程度
- 時給換算:1,050円〜1,250円前後
- 地域や業務の内容によっては若干上下することもある
外食業については、時給制が多く見られます。都市部では1,200円を超えるケースもある一方で、地方では最低賃金に近い水準での募集も見受けられます。
また、夜間勤務や深夜手当が発生する場合、法定の割増賃金の支給が必要となります。これを加味した月収モデルを想定し、給与規定を設けることが現実的です。
建設・介護など人手不足分野の特徴
建設業や介護分野では、人材の確保が難しく、他の業種よりも給与を高めに設定する企業が多い傾向にあります。これには、作業の負荷、資格の有無、勤務形態などが関係しています。
以下は、実際に見られる給与水準の一例です。
- 建設業(現場作業):20万〜26万円前後、職長や経験者は28万円超も
- 介護職(初任者研修あり):19万〜24万円程度、夜勤ありで25万円以上となる例もあり
これらの業界では、業務の専門性や安全性への配慮が必要であることから、基本給に加えた手当設定が給与水準を引き上げています。
加えて、企業側が外国人材に対して、資格取得支援や就労定着のための追加手当を導入するケースもあり、給与の個別対応が進んでいる分野でもあります。
平均額の把握に役立つ公的データの見方
給与相場を判断する際、厚生労働省や地方自治体が公開する統計資料を活用することが有効です。中でも、「賃金構造基本統計調査」は、全国の産業別・職種別の平均賃金が把握できる資料として知られています。
参考にできる主な資料・情報源は以下のとおりです。
- 賃金構造基本統計調査(厚生労働省)
- 都道府県労働局が発表する最低賃金関連データ
- 業界団体や協議会が提示する分野別給与モデル
これらのデータを参照することで、地域・業種・職種別に具体的な給与水準を把握しやすくなり、企業の給与設定に根拠を持たせることができます。
一方で、統計データは平均値や中央値であり、すべてのケースに当てはまるわけではありません。自社の業務内容と照らし合わせた上で、現場実態に即した判断をすることが重要です。
給与支払いにおける注意点と法的要件
労働時間・時間外・休日手当の取扱い
特定技能外国人の雇用においては、労働時間や休日、時間外労働に関するルールも日本人と同様に適用されます。これらの条件は労働基準法で定められており、違反すると罰則の対象となるため、企業は十分に理解し、正確に運用することが求められます。
主なポイントは以下のとおりです。
- 所定労働時間は原則1日8時間、週40時間以内
- 時間外労働(残業)は25%以上の割増賃金を支払う必要あり
- 休日労働には35%以上の割増が発生
- 深夜労働(22時〜翌5時)は25%以上の追加支給が義務
これらの手当は、基本給とは別に計算し、明細上も区分して表示することが望ましいとされています。管理職でない限り、時間外労働に対して手当を支払わなかったり、曖昧に計上することは違法となります。
外国人労働者に対しても、勤務時間や休日のルール、残業の事前申請制などを明確に説明することがトラブル回避につながります。
控除・賃金規定の設定と管理方法
給与から控除を行う際は、労働基準法に定められた範囲内で、かつ書面での同意が必要です。不当な控除があると、後々大きなトラブルにつながる可能性があります。
控除対象の一例は以下のとおりです。
- 所得税・住民税・社会保険料(法定控除)
- 寮費・水道光熱費など、実費相当の金額(本人同意必須)
- 任意保険料や社内積立金(就業規則に明記されている場合)
これらの項目は、賃金台帳および給与明細に明確に記載し、説明責任を果たすことが重要です。
また、企業は就業規則や労働契約書に基づいた賃金規定を整備し、外国人スタッフにもわかる言葉で提示する努力が求められます。必要に応じて、やさしい日本語や翻訳サポートの導入も検討しましょう。
支給方法・通貨・管理のルール
給与の支給方法についても、法令上の基準があります。基本的には、毎月1回以上、一定の日に通貨で全額を支払うことが原則です。これは外国人に対しても例外ではありません。
企業が対応すべき内容は以下のとおりです。
- 通常は銀行振込で支給するが、本人の希望により現金手渡しも可能(記録保存が必要)
- 外国通貨での支払いは原則禁止。日本国内の円貨建てで支給すること
- 支払い日は給与規定で明確に定め、変動がないように管理
また、外国人の場合は、母国への送金希望があるケースも多く、海外送金の手段について事前に案内することも企業の配慮として有効です。ただし、給与そのものは一度日本円で受け取ってもらう必要があります。
こうしたルールを適切に運用することが、制度違反の回避と信頼ある雇用関係の構築に直結します。
適切な給与設定のために企業がすべきこと

給与規定の整備と賃金台帳の管理
特定技能外国人を雇用する企業は、明確で公平な給与規定を整備することが基本です。これは制度上の義務であるだけでなく、職場内の透明性を高め、誤解や不満を防ぐためにも重要なポイントです。
給与規定の整備で意識すべき内容
- 基本給、手当、時間外・休日・深夜手当の計算方法
- 控除の種類と金額、適用条件
- 昇給・賞与の有無とその評価基準
- 給与の支払い日、締め日といった事務手続き上のルール
これらの内容を賃金規定として書面化し、労働契約書と連動させて管理することが求められます。
また、賃金台帳の作成・保存は労働基準法で義務付けられており、外国人労働者を含めたすべての従業員に対して、記録の正確性と保管体制の整備が不可欠です。
更新・昇給・評価制度との連動
給与は採用時の初期設定だけでなく、継続的に見直す仕組みも必要です。特定技能外国人の在留資格は通常1年ごとの更新が基本となっており、更新時に待遇が適正かどうかも審査されます。
そのため、以下のような昇給・更新対応が推奨されます。
- 勤続年数や評価に応じた昇給テーブルの設定
- 資格取得や日本語能力の向上に連動した手当の追加
- 定期的な人事評価と給与見直しスケジュールの導入
このように制度的にも運用上も、給与は「設定して終わり」ではなく、「更新し続けるもの」であるという意識が重要です。評価制度との連動によって、モチベーション向上にもつながります。
トラブルを防ぐための情報共有と支援体制
給与に関するトラブルの多くは、説明不足や文化的なギャップから生まれるケースが少なくありません。日本語が不自由なスタッフにとっては、手当や控除の内容が理解しづらく、誤解が起きることもあります。
そのため、企業としては以下のような取り組みが効果的です。
- やさしい日本語や多言語での給与明細の補足資料を用意
- 給与規定の説明会や個別面談を定期的に実施
- 支援担当者や登録支援機関との連携による情報フォロー
- 給与に関する相談窓口の明示と柔軟な対応
こうした情報提供と支援体制によって、特定技能外国人が安心して働ける環境が整い、企業側も長期的に安定した雇用を実現しやすくなります。
特定技能外国人の給与設定は制度理解と適正運用が鍵
特定技能外国人の給与設定は、法令に基づく最低賃金の遵守だけでなく、日本人と同等以上の処遇を前提とした制度理解が欠かせません。職種や経験、地域によって相場は異なり、支払い方法や控除の取り扱いにも注意が必要です。適切な給与規定の整備と明確な説明により、外国人労働者との信頼関係を築き、長期的な雇用の安定につなげましょう。